パラグライダー日本チャンピオン 平木啓子さま

飛ぶことが楽しい。世界選手権の優勝とパラグライダー人口の増加を目指して。

平木啓子さま

平木啓子さま

パラグライダー選手として国内、海外の大会で優勝と入賞を経験。2009年、2013年にはワールドカップ女子世界チャンピオンを獲得。現在は茨城県石岡市にあるパラグライダースクール「ソラトピア」でインストラクターを務めながら世界選手権優勝を目指す。

1回のフライトが貴重な1回に

――まずは、現在の平木様の主な活動を教えてください。

平木さま:パラグライダーの選手としていろんな大会に出場させてもらっています。同時に、茨城県の石岡市にあるソラトピアというパラグライダースクールでインストラクターをしたり事務の仕事をしています。

――パラグライダーという「競技」について教えてください。

平木さま:パラグライダーの競技には3種類あります。私がやっているのはクロスカントリーという競技です。ポイントが決められていて、そのポイントを通りながら早くゴールするレース形式のものです。

ポイント間は結構距離があって10km、20kmと離れています。コース自体は50kmから100kmぐらい。そのコースを一度も降りずに飛び続けます。

――空の上のコースというのはどうやって把握しているのでしょうか?

平木さま:地上に降りちゃうと終わってしまうので、そのポイントを目指しながらも山沿いや雲の下など上昇気流のありそうなところを選んで進んでいくという感じですね。

――他の2種はどのような競技なのでしょうか?

平木さま:ひとつはアキュラシーという競技です。地上に的が決められていて、着陸の正確さを競います。世界レベルの選手だと10本飛んですべて的の10センチ以内で降りられます。

もうひとつがアクロという競技で、パラグライダーを操作してヘリコプターのプロペラのようにまわしたりとか、縄跳びのようにまわしたりとか、アクロバティックな飛行技術を競うものがあります。

――いろんな角度の競技があるのですね。基本的には空の上なので天候の影響をかなり受けると思います。難しい点で言うとどんなことがありますか?

平木さま:やはり飛べる条件が限られているところにあります。私がやっているクロスカントリーは特に上昇気流が出ていないと成立しません。まず曇っていると上昇気流は出ませんし、雨が降っていると当然できません。

風が強すぎても飛び立てないし安全な着陸もできない・・・天候との兼ね合いが難しいのでそういった点でもオリンピックの競技にならないのかもしれませんね。

――では大会があっても開催できるかどうかも保証されないわけですね。

平木さま:ヨーロッパでは1週間ずっと雨が降ることがあり、遠くまで遠征にいっても1日も飛ばずに帰ってくることがあります。また、日本のリーグ戦は土日だけ開催ということがほとんどなので、大会として成立するお天気に当たる確率は半分くらいしかありません。

――成立すること自体がレアケースだからこそ、1回が貴重な1回ですよね。

平木さま:そうですね。日本だと土日のどっちかしか飛べないとなると、実質一発勝負になります。

――見てる分には空の上を優雅に飛んでるように見えますが、空の上では結構緊張感のはしる現場ですか?

平木さま:そうなんです。楽しくてふわふわ飛んでるように見えると思うのですが、結構必死です。上昇気流がどこにあるか、人より早くあげなきゃいけないとか、目の色変えて探していたりします。

――上昇気流がどこにあるか、というのはどのように探すのでしょうか?

平木さま:おおよそのセオリーがあって、地形、風向き、太陽の位置などで上昇気流の発生しやすい場所を大体予想することができます。

あとは上昇すると上昇音が鳴る計器を持っていて、画面には上昇率も表示されるので、その情報を使って効率よく上げて早く移動するようにしています。

――見た目以上に空の上ではいろんなことが起きているんですね。

平木さま:そうなんです。ライブカメラをつけて空の様子が中継できたら面白いんじゃないかなと思っていますが、まだそういう風にはなっていないですね。

――なかなか見ることができない景色ですから、そうなったら面白いですね。大会は年間どれくらいあるものなのでしょうか?

平木さま:日本の最上位リーグのジャパンリーグは年に8戦〜10戦あります。

世界では、ワールドカップが年に5戦、ワールドカップの勝者で競われるスーパーファイナルが最終戦として年1回行われます。ワールドカップは個人戦です。それ以外に世界選手権は2年に1回、こちらは国家間の戦いなので日本の代表にならないと出場できません。

――1度のフライトにどれくらい時間がかかるのでしょうか?

平木さま:テイクオフ(飛び立つ場所)に行くのに、近ければ10分くらい、遠い所だと30分から1時間かかります。その後飛び立ってからは、上昇気流があれば2時間でも3時間でも、上昇気流が無ければ、高度差が300mあったとしても5分くらいで降りてきてしまいます。

――空の上に2,3時間と聞くとあまりイメージがわかないのですがどんな感覚ですか?

平木さま:それは飛んでみたらいいと思いますよ。(笑)

――是非機会があれば(笑)パラグライダーのプロ、アマチュアの境界はあるのでしょうか?

平木さま:パラグライダーを仕事として生計を立てている人はそう多くはないですが、それなりにいます。しかし競技選手として生計を立てられるプロはほとんどいません。私は非常に恵まれた環境でして、インストラクターとして働きながら競技にも多く参戦させてもらっています。

競技用のパラグライダー一式は、最新式をすべて新品で揃えるとしたら200万円以上かかります。だからと言って安いもので揃えてしまうと勝てません。スポンサーを持たずに競技を続けるのは、一般の人にとってはとても大変なことだと思います。

――ではほとんどの方が自前で一式を揃えてパラグライダーをやっているということですね。

平木さま:はい、ほとんどが会社勤めや自分で(パラグライダー以外の)会社を運営されている方たちです。お金と時間に余裕のある方が多いです。

2018年にアジアのオリンピックと呼ばれているアジア大会でパラグライダーが初めて競技として選ばれました。その大会で日本は男子が金メダル、女子は銀メダルを獲りました。

その男子チームの中の1人は、私以外では、会社から応援してもらっているプロに近い選手です。

――平木様も出場した女子チームも銀メダル、男女で金銀ですから素晴らしい成績ですね。

平木さま:女子チームは、3人のうちの1人が初日で怪我をしてしまいかなり厳しい状況でしたが、残り2人で頑張ってなんとか銀メダルが獲れました。

世界選手権優勝を目指すメンタリティ

ブラジルスーパーファイナル優勝

――優勝を何度も経験されていると思いますが、その平木様のパラグライダーの強さはどこにあるのでしょうか?

平木さま:ほとんど怪我をしてこなかったという点は大きいと思います。怪我をしてしまうと怖くなってしまって上手く飛べなくなる人が多いです。空中で弱気になるとすぐにふわっと降りてきてしまいます。

なので怖くないと思えるメンタルでの強みが、大きな部分を占めていると思います。

――どのスポーツもそうだと思いますが技術面というよりはメンタリティのところが大きいですね。

平木さま:はい、あとは観察力、判断力も必要だと思います。フィジカルに負うところは他のスポーツに比べてかなり少ないです。上空で判断を迷ってしまうような精神状態の時は大抵いい結果は残せません。

上昇気流を探してのコース取りや見切りなど、瞬時の判断を要求される場面が数多くあって、メンタルが強くなくては、いい流れが作れないと思います。

――やはり見た目以上に心と頭をつかうスポーツなのですね。

平木さま:そうですね。年齢とかスポーツ経験とかで大きく差が出ることはありません。

ただ、とにかく判断の連続で頭をつかっているので体力は要りますね。また、上空で常にバランスをとっているので、座っているだけに見えますが、意外と体力は必要です。

――それでは若ければ有利ということでもなくて、経験を重ねている方が強いと。

平木さま:それはあると思います。それでも世界ではやはり若い選手が勝ちます。フィジカルが強いとやはりメンタルが強いと思いますし、判断ひとつとっても思い切りが違うのかなと思いますね。

パラグライダーは、男女混合で行われる珍しい競技です。女子だけの表彰もありますが、総合表彰は男女の区別がありません。それでも上位は男子がほとんどです。男女格差は大きくないように感じてますが、本質的な闘争本能の違いなのか、フィジカル面が大きく影響しているのか、この差も経験だけでは埋められません。

――最後の最後のところで本質的な力の差が出ると?

平木さま:そうですね。あとはパラグライダーのサイズがSMLとあるのですが、大きいサイズの方が性能が良くて安全なことが多いです。自ずと男子のサイズが大きくなるのでそういった面もあるかもしれません。

――日本の大会に出たり、海外の大会に出たりすると思います。そういったところで違いは出てきますか?

平木さま:まず海外は気候と地形が全然違うことと、大会の日程が1週間~10日間と長いです。

あとは食べ物に関しても違いが出てくるのですが、ここは最近だと家をかりて自炊することが多いです。最初のころはその土地のものを食べていたのですが、食べ物が合わなくて痩せてしまうことが多くなってきて・・・。

――海外だとコンディションの管理が難しそうですね。

平木さま:はい、それでも海外の大会は年に数回なのでモチベーションは非常に高いです。

――では年間を通して海外での大会に照準を合わせてトレーニングしていくのでしょうか?

平木さま:私の場合は大会そのものが練習であり本番ということが多いです。普通は週末に集まって練習会を開くことが多いのですが、私の場合、週末は仕事をしているので。

では逆に平日にひとりでどこかで練習するか、と言われればそうでもありません。ひとりで練習してもあまり練習にはならないので。

――自主練習みたいなものはあまりないのでしょうか?

平木さま:グループで飛ぶ方が気付きが多いです。1回のフライトでいろんな視点で物事を捉えられますし、自分とは違う考え方でコースを決めていったりとか。

ひとりで飛ぶと決まった範囲、同じ飛び方、同じようなことを繰り返すだけになってしまって、技術的なところを維持できるメリットはあるかもしれませんが、革新的に考え方が変わるといったことはないですね。

――そういった環境のなかで勝つために平木様が心掛けていることはありますか?

平木さま:筋力はなるべく落とさないようにしています。あとはこれもメンタル面にはなるのですが、いろいろくだらないことをメモしていますね。(笑)「日本人は見ない」とか。

――それはどういった意図が?

平木さま:日本人を見ちゃうと、その日本人には勝とうとか全然関係ない考えが出てきちゃうことがあります。世界大会なのだから全員に勝たなきゃいけないのに。あとは「人につられない」とかですかね。

――どこまでもフィジカルではなくメンタルなのですね。

平木さま:「出し抜き脳」と呼んでいることがあって、人を出し抜いてやろうとすると大抵だめで、もっとフラットに己を信じて我が道を行きながらも人を参考にして、という心持が重要だったりします。

――武道に近いものを感じますね。そのなかでも自然体というものを感じるのですが、空の上ではそういった面が強いのでしょうか?

平木さま:自然が相手のスポーツなので、いくら自分を鍛えても自分の思うようには飛べません。まわりを良く見て自然の力を利用させてもらいながら、勝利を目指しています。

――そこまではフラットさを心掛けているのですね。

平木さま:ゴールに到達できる高度が得られると、ファイナルグライド(最終滑空)に入ります。そこまでは選手間でなんらかの小競り合いはありますが、多くの時間を周りの選手たちと協力しながら進んでいます。

ファイナルグライドに入ると、全員がアクセルを踏み込んで「絶対勝つんだ」という雰囲気に変わります。

――他のスポーツにはない不思議な感覚ですね。

平木さま:1年に1回くらいはひとりで早くゴールする人が現れますが、大抵はグループで最後の局面までは協力しながら飛んでいくことが多いです。

それでも競争であることに代わりはないので、旋回してるときに空中接触なんていうシーンもあります。

――優雅に見えながらも空中ではやはりそういったことと隣り合わせですね。

平木さま:最近で言うと新しい競技でハイクアンドフライという競技があります。エックスアルプスで調べると出てくると思いますが、文字通り飛ぶポイントまで山を登って自分で飛び立つという競技です。

これは選ばれし者だけが参加できる極限の戦いです。

――これはまたすごい角度の競技ですね。まずはアルプスを知らなければできない競技ですよね。

平木さま:そうですね。アルプスを知り尽くしていて、アルプスを登ることができないと参加できないので、私には絶対できないですね。

飛べるコンディションであれば1日100kmでも飛べてしまうのですが、飛べないコンディションだとひたすら飛べるところを探してアルプスを歩くしかないので。

――平木様ご自身はこれだけ数々の大会で優勝、入賞をされていますが、今その先の目標はありますか?

平木さま:世界選手権では2位が最高記録なのでやっぱり優勝したいですね。

――そのために準備を着々と進めているところですか?

平木さま:私の場合は現地に行かないとスイッチが入らなくて(笑)

同じエリアで違う大会が2連続あることがよくあります。1つ目の大会のときは調子が上がらなかったんですけど、2つ目の大会では尻上がりに良くなっていきました。最終的には2位に入れたのでそういう持っていきかたができるといいなと思います。

――あまり緊張や気が張り詰めるといったことはないですか?

平木さま:ないです。常に楽しみでワクワクが勝つという感じですね。スポンサーさんにもとにかく安全第一で、と必ず言われるのでそういう方々に恵まれているからこそだと思います。

飛ぶことが楽しい

スーパーファイナルコロンビア

――ソラトピアという場所についてもお聞かせください。

平木さま:パラグライダーを始める方のためのスクールです。パイロット証を持っている一般の方もクラブ員としてフライトすることができます。

――こちらでインストラクターをすることになったきっかけは何ですか?

平木さま:一昨年までは静岡の富士宮にある朝霧高原というところでインストラクターをしていました。

そこで競技を引退せざるを得ない状況になった時に、ソラトピアで応援して頂けるというお話を頂いて移籍しました。

――スクールには誰でも入れますか?

平木さま:多少の年齢制限と、ある程度運動ができる方という制限がありますが、基本どなたでも入校できます。ライセンスはA証、B証、NP証、P証と4段階あってP証まで取得すれば、全国ほとんどのスクールで飛ぶことができます。

それ以下のスクール生の段階では、インストラクターと一緒でないと飛ぶことができないエリアが多いです。

――今後はこのソラトピアという場所をどんな場所にしていきたいですか?

平木さま:パラグライダー人口が減ってきてしまっているので、もっと気軽に来て、パラグライダーを楽しむ方が増えたらいいなと思っています。

ソラトピアがある茨城県石岡市はパラグライダーが日本で一番盛んな地域です。

東京が近くて、つくばエクスプレスも通っていますし、駅からの送迎もあるので、車がない人でも気軽にパラグライダーが楽しめるエリアにしていきたいです。

――パラグライダー人口を増やすにあたって必要なことは何があるのでしょうか?

平木さま:2013年に情熱大陸という番組に出させていただいたことがあって、そのときは反響がかなりありました。そういったメディアに出られたらいいなと思うので、世界選手権で優勝しなきゃなと思います。

――そういった期待も込めて、今後の平木様のやりたいことは?

平木さま:自分にはパラグライダー以外なくて、できるだけ長くこのスポーツをやっていたいですね。やっぱり飛ぶことは楽しいです。地上の重力から離れて、自由に空から地上を俯瞰して見ることができます。この自由な時間をずっと大切にして、多くの人に広めていきたいと思っています。

――平木様、本日はありがとうございました。

平木様と記念撮影