ネイチャーガイド 小川泰裕さま

「山×◯◯」で山はもっと楽しくなる。今よりも多くの人に山を気軽に楽しんでほしい。

小川泰裕さま

小川泰裕さま

ツアーコンダクターとして世界の約25か国をまわり、お客さまにもっと寄り添ったガイドを、という想いからネイチャーガイドとしてスイスで活動。現在は高尾山で山の楽しみ方や地域の歴史を多くの人に伝えている。

山は非日常を味わえる場所

――現在の主な活動について教えてください。

小川さま:ネイチャーガイドとして活動しています。がっつり登山をする方というよりも、体力に自信がなかったり、登山初心者の方を対象に山歩きを案内しています。

標高1000mくらいのお手軽な山をご案内することが多いですが、最近ではもう少し高い山に登りたいという声をいただくようになりました。

――スイスでもガイドをされていると拝見しましたがそちらでも同じようにガイドをされているのですか?

小川さま:もともとはスイスでガイドをしていて、そのあとに日本でも同じ活動を、という流れでした。なのでスタートはスイスだったんです。

――なぜネイチャーガイドをしようと思ったのでしょうか?

小川さま:ネイチャーガイドをする前は旅行会社の添乗員をやっていました。特にインドやネパールなどの途上国を案内していたのですが、旅行会社のツアーだと行程が決まっているので、どうしてもそこをなぞるようになってしまったり、急ぎ足の案内になったりしていました。

それだとお客さまひとりひとりに寄り添えていないなと考えるようになって、もっとお客さまのそのときのテンションや行きたいところに合わせてガイドしたいと思うようになったのがきっかけでした。

――そこからネイチャーガイドをするようになったとのことですが、もともと山や自然に興味はあったのでしょうか?

小川さま:添乗員の頃から大都市を案内することよりも、自然豊かな地域を案内することが多かったです。それがすごく面白かったのでそこから山や自然が大好きになりました。

――小川さまが考える山の楽しみ方はありますか?

小川さま:山頂まで行かなくても、山に入ってぼーっとするだけでもリラックスできると思います。木に囲まれていたり川の音を聞くだけでも非日常を味わえる場所です。

個人的には登山道で昼寝するのが好きですね。他の登山客に心配されることもあるのですが(笑)それでも大地を感じるのですごく気持ちいいです。

――より山を楽しむために、他にどんな方法がありますか?

小川さま:ただ山を登るだけだと後々忘れてしまうことが多いと思います。そこに山プラスおいしいものを食べたとか、神社があったとか、そういったものがかけ合わさると山登り自体が印象深い思い出になると思います。

山に登って頂上に着いたらすぐに帰ってしまう方が意外と多いです。しかし、せっかく山に来たのであれば、麓の歴史や文化、地域のことを知っていただくとより山を楽しんでいただけるのかなと思います。

僕自身もガイドをするときに山の由来や歴史をあわせてガイドすることが多いです。日本はヨーロッパと比較すると、山と人との距離が近いと感じます。

――どういったところで山との距離が近いと感じますか?

小川さま:ヨーロッパに比べて氷河がなかったり崖が少ないという点はあると思いますが、日本は田植えの時期を判断するために残雪の量を見たりだとか、天気を判断するために山にかかっている雲の様子を見たりとか、生活に密接する部分が多いと思いますね。

スイスの生活は牛とともにある

放牧されている牛

――ガイドとしてスイスに行かれるなかで、海外の山や自然はまた違う点がたくさんあると思います。特にどんなところに違いを感じますか?

小川さま:日本の山はすごく整備されていて歩きやすいですね。一方スイスの山は良くも悪くも自己責任という面が強いです。日本のように規制がかかることがないぶん、リスクも自分自身でとるというかたちです。

――海外の自然を感じる中で印象的なことがあれば教えてください。

小川さま:今年はスイスの山でエーデルワイスが群生しているところを見ました。なかなか見つからないので、見つけたときは興奮しましたね。下見をしても見つかることは少ないので、群生しているところが見られて嬉しかったです。

あとはスイスの敦盛草は非常に珍しいのでそれを見つけたときも嬉しかったです。別名で貴婦人のスリッパと呼ばれていて、すごくきれいでした。

――スイスの自然環境は非常にきれいなイメージがあるのですが、小川様にとってスイスの自然のイメージはどのようなものでしょうか?

小川さま:すごく美しい場所で、牧草地が多いです。自然そのままの山ではなくてある程度人の手が入った山になっています。

スイス人は牛とともにに7500年間生活してきて、牛を放牧するために木を切ったりだとか、石をどかしたりしてきれいな草原を作っています。

その草原の草を牛が食べて、歩くことで山が耕され、牛が糞をすることによって翌年花が咲くということを繰り返していきます。そういう風に、牛とともにあるのがスイスの山であり自然かなと思っています。

――スイスに牛のイメージがなかったので意外でした。確かに豊かな自然には豊かな動物が必要ですよね。

小川さま:牛はすごく多いですね。スイスの人は牛とエーデルワイスがとにかく好きです。

エーデルワイス

エーデルワイスの花弁

――スイスの食べ物はどうですか?

小川さま:チーズがおいしいです。冬場は谷の底に牛がいて、地域によって異なりますが夏場になると涼しくて草がある標高2000mの高いところまで牛を移動させます。その牛からとれたミルクで作ったチーズをアルプケーゼ(山チーズ)と呼んでいます。

このチーズがスイス人にとって夏の風物詩になっています。牛がどんな花を食べたかによってチーズの味が違うと言うほど、スイス人のチーズの消費量は多いです。

――餌の種類で味がどう変わるのでしょうか?

小川さま:夏場は高山植物や牧草地の草を食べているのですが、チーズの風味が濃厚になったり、まろやかになると言われています。

――牛以外にも動物は多いですか?

小川さま:スイスだとライチョウ、アルプスカモシカ、シュタインボックというヤギの一種がいますね。ライチョウは天気が悪くて霧がかかるような日に出てくるので、見つけると「おー!」となりますね。

――日本のカモシカは天然記念物とされていますが、スイスのカモシカはどのような存在ですか?

小川さま:スイスではカモシカを食べる文化があります。9月くらいになるとレストランでジビエとして出てきますね。カモシカはウシ科なので肉としてはしっかりした味わいです。

スイスを楽しみにしてきた方のお手伝いがしたい

スイスの山

――スイスで現地をガイドしていくなかで意識していることはありますか?

小川さま:できるだけお客さまにとって身近なことでご案内するようにしています。日本人の方をガイドすることが多いので、北海道、東京、大阪、九州などその方の住んでいる地域によってガイドの内容を変えるようにしています。

例えば関西の方であれば、大阪出身の実業家、加賀正太郎さんが1910年にユングフラウを日本人として初登頂した話だとか、繋がりのあるガイド内容をするよう心掛けています。

――少しでもお客さまに縁のある内容にしているのですね。

小川さま:そうですね。会話のなかから何をしたいのか、どんなことに興味があるのかを考えながらガイドをするようにしています。

――初めてスイスに来るという方が多いでしょうか?

小川さま:スイスはリピーターの方が多いです。一度来て、また来たいと思うような場所なんだと思います。

フランスなど他のヨーロッパの地域に比べると、ご年配の方が多いイメージです。かつロングステイも多いので魅力深い場所ですね。

――では同じ方でもその回ごとにガイドの内容も変わりますね。

小川さま:はい、そのときの目的によっても変わってきます。ある程度山に登っている方でしたら標高が高くて岩場があるようなスポットに行きます。逆にあまり登山経験がない方であれば気軽に登れるような山を案内します。

――かなり標高が高いところにも行かれますか?

小川さま:マッターホルン直下3260M地点までは行きます。ヘルンリ稜というマッターホルンに登る人が泊まる山小屋があるので、そのあたりまで行くことはあります。

スイスで山に登るために毎日1万歩ほど歩いてきたというお客さまもいらっしゃるので、そうやってスイスを楽しみにしてきた方のお手伝いをしたいなと考えています。

スイスでは全員がプロフェッショナル

スイスの街並

――スイスで活動されるときはどのくらいの期間いらっしゃるのでしょうか?

小川さま:今年は短くて3ヶ月間くらいでした。普段は4ヶ月ほど滞在します。

――スイスの生活はどうですか?

小川さま:やはりヨーロッパの方がのんびりしていますね。あと最近向こうで仕事をしていて感じたのは、他の人の仕事には干渉しないという面があります。

それぞれがプロフェッショナルだからその人に任せる、という考えがあるように感じます。

登山列車に荷物を15個載せるという場面があったのですが、出発間際になっても荷物が届きませんでした。私は心配になって荷物の状況を確認した方がいいのでは?と思ったりしたのですが、スイス人の同僚は「確認もしているし絶対に来るから大丈夫だ。」と言ってのんびり待っているんです。

日本だとどうしても物事をスムーズに進めるために先を考えて動きます。でもその方はじっくりと待って、荷物が来ても載せるのはポーターさんに全部任せるというスタイルでした。

――日本だと時間も迫っているしみんなで載せちゃおうとなりそうですよね。

小川さま:そうですね。それが冷たいとか悪いとかではなく、そういう部分で文化が違うなと感じました。責任や役割がしっかり切り分けられているなと。

自然界は素になれる場所

山小屋

――小川様が感じる山の魅力、自然の魅力とはどんなものですか?

小川さま:疲れたときに元気にしてくれるところですね。針葉樹があるところは特に山や森の匂いがして、気持ちが落ち込んでいても元気にしてくれます。

あとは何度か来たことのある山でも新しい発見があるところです。季節や時間、タイミングによって全然印象が違います。

――特に四季のある日本の山はそういった新しい発見は多いですね。

小川さま:山に入ると山頂を目指したりとか、前に進むことしか意識しないので、余計なことを考えないで済むのもいいですね。まさしくマインドフルネスな部分が大きいと思います。

――小川様のおすすめの山はありますか?

小川さま:やはり私がガイドしているということもあって高尾山は気軽に登ることができておすすめです。日中は多くの人が山登りを楽しんでいますが、私がガイドをしている夜の山歩きは人がいなくて静かな山を楽しめます。

お寺もあるので、樹齢400年の杉の木が残っていたりもします。新宿から1時間程で気軽に自然を楽しめますし、時間帯によっては食も豊富です。

――小川様にとって自然界はどんな存在だと感じていますか?

小川さま:素になれる場所ですね。山に登るために体づくりをして、またそれがモチベーションになって、本当に全部が繋がっていて癒される場所だと思います。

――小川様が今後やりたいことなどがあれば教えていただけますか?

小川さま:外国人のお客さまと山登りができたらいいなと思っています。東京は大都会というイメージがあると思うのですが、その東京でも自然と接することができる里山なんかをご案内できればなと思います。

薬王院というお寺があって、そのお寺があることで人々に守られてきたという歴史ある場所です。そういった歴史や文化を一緒に多くの人に伝えていきたいですね。

――スイスの方ではどうでしょうか?

小川さま:スイスに行きたいけどハードルが高そうで迷っているという方も多いと聞きます。だからこそ来たいと思っている方がもっと気軽に来られるようなガイドをしていきたいです。

――小川様、本日はありがとうございました。

記念撮影